三途の川に足を突っ込んだ話
- グレース 椿宮-Grace Tsubaki-
- 2022年12月20日
- 読了時間: 4分
それは、「この世のものとは思えない」
「この世で感じたことのない」
美しい場所、美しい人、美しい空気。
今でもリアルに思い出す。
もう、何十年も前のこと。
ある日、天気が良いからと、友人がドライブに誘ってくれた。
ホイホイ出かけた私。
ところが夕方から豪雨になり、稲光のあかりが眩しいくらい暗くなったなか
国道で事故は起こった。
前を走っていたワゴン車が蛇行運転をし始めた。
嫌だな…と思っていたのもつかの間、
私が乗っていた車は前のワゴン車を避けようと
ハンドルをとられ何回転かしてスリップして止まった。
心臓がバクバクしていたのを覚えている。
次の瞬間、真横から眩しいライトに照らされた私。
一台のバイクが全速力で突っ込んできた。
あっという間の出来事。
シートに腰が挟まり動けない。
それでもなんとかフロントガラスを割って外に這い出る。
その後、近隣のお宅の方が家にあげてくださった記憶がある。
まだシートベルトが義務化されていない頃。
シートベルトをする人は少ない時代だった。
私もシートベルトをすることはまずなかったのに
このときはなぜかシートベルトをしていた。
虫の知らせでもあったのか、なぜシートベルトをしたのかまったく心当たりがない。
しかし、このシートベルトで助かったのは事実だ。
近隣のお宅で電話をお借りして親に電話した…
ところまでは覚えている。
当時はまだ携帯電話などなく、たまに見かけたのは大きなお弁当箱のようなショルダーホン。
ひと荷物となる、大きくて重い箱(衛星電話というもの)。
その後、どれくらい時間が経って、どうなったのかはまったく覚えていない。
気が付くと私はとても気持ちの良い場所に立ち、目の前に広がる光景に吸い込まれていた。
そこは、ふりそそぐ陽の光を受けてキラキラと緑輝く草原。
鮮やかな色とりどりの草花。そっと頬をかすめていく風。
心地よい温もりに包まれながら目の前に見えたのは、サラサラと流れる川。
その向こうには、3mくらいありそうな聳えるような身長の金髪の美しい人がいる。
風に揺れる白い衣を身にまとい、穏やかで優しい微笑みで私を見ている。
女性とも男性ともわからない中性的な本当に美しい人。
私は、誘われるわけでも何を思うでもなく、自然と体が動いていた。
そう、目の前の川を渡ろうとした。
大きくもなく小さくもない、渡れそうで渡れない川。
渡るには…周りを見渡しても橋も何もない。
私は思い切って川に入って渡ろうと、足を入れてみる。
想像したより速い流れ。それでも渡ろうとしている。
恐る恐る両足を入れ、膝くらいまでつかったとき
誰かがグイッと私の腕をつかんだ。
「ちょっと!どこ行くのよ!私と約束したじゃない!」
覚えのある声。ふと顔を見ると、ボスと呼ばれる友人だった。
「約束!?まずい!!」と気が付いたときに目が覚めた。
辺りを見回してボスを探したがいない。
ガバッと起き上がったが、やはりボスはいない。
身体が痛い、首が痛い。
ボスが現れなければ、川を渡っていたかもしれない。流されていたかもしれない。
いずれにしても、生きていた。
もしかしたら、六文銭を持っていなかったから戻されたのかもしれないが。
あの美しい場所、美しい人、美しい空気…
それは、まさに「この世のものとは思えない」もの。
今でも感覚がよみがえることがある。
今の人生を終えるとき、もしも、あの場所・人・空気に触れられるのであれば、もう一度あそこに身をおきたい。
不安も恐怖も寂しさも悲しさも孤独も
すべてを包んでくれるものだった。
三途の川をみた人は、ほとんどの人が私と同じようなことを言う。
必ず、鮮やかな色とりどりのお花が出てくる。
そして、「すべてがこの世のものとは思えない」と言う。
この世でなければ、やはり「あの世」なのかもしれません。
