- グレース 椿宮-Grace Tsubaki-
三途の川に足を突っ込んだ体験
「この世のものとは思えない」
「この世で感じたことのない」
美しい場所、美しい人、美しい空気。これは今でもリアルに思い出せるもの。
かなり前に私が体験したことです。
ある日、友人がドライブに誘ってくれたのでホイホイ出かけました。夕方から豪雨になり暗くなったなか国道で帰宅する途中、事故は起こりました。
前を走っていたワゴン車が蛇行運転をし始めました。嫌だな…と思っていたのもつかの間、私が乗っていた車は前のワゴン車を避けようと、ハンドルをとられて何回転かしてスリップしてとまりました。
心臓がバクバクしていたのを覚えています。次の瞬間、一台のバイクが横から私めがけて思い切り突っ込んできたのが見えました。
あっという間の出来事でシートに腰が挟まっていましたが、なんとか這い出してフロントガラスを割って外に出た記憶があります。その後、近隣のお宅の方が家にあげてくださったことも覚えています。
まだシートベルトが義務化していない、シートベルトをする人は非常に少ない時代で、私もシートベルトをすることはまずなかったのですが、このときはなぜか私はシートベルトをしていたのです。虫の知らせでもあったのでしょうか、なぜシートベルトをしたのかまったく心当たりありませんが、このシートベルトで助かったのは事実です。
近隣のお宅で電話をお借りして親に電話した…ところまでは覚えています。当時はまだ携帯電話などなく、あったのは大きなお弁当箱のようなひと荷物となる大きくて重い箱(衛星電話というもの)でしたから。
その後、どれくらい時間が経って、どうなったのかはまったく覚えていませんが、気が付くと私はとっても気持ちの良い場所に立ってました。そこは、ふりそそぐ陽の光を受けてキラキラと緑輝く草原です。
鮮やかな色とりどりの草花。そっと頬をかすめていく風。心地よい温もりに包まれながら目の前に見えたのは、サラサラと流れる川。
その向こうには、3mくらいありそうな聳えるほどの身長の金髪の美しい人(形は人)がいます。風に揺れる白い衣を身にまとい、穏やかで優しい微笑みで私を見ています。
女性とも男性ともわからない中性的な本当に美しい人です。
私は、誘われるわけでも何を思うでもなく、自然と体が動いていました。そうです、目の前の川を渡ろうとしたのです。
大きくもなく小さくもない、でも渡れそうで渡れない幅の川。渡るには?と周りを見渡しましたが、渡れそうなものは橋も何もありません。
そこで、思い切って川に入って渡ろうと思い、足を入れてみると、思ったより流れが速いことに気が付き、いけるかな?と恐る恐る両足を入れました。膝くらいまでつかると、誰かがグイッと私の腕をつかんで、「ちょっと!どこ行くのよ!私と約束したじゃない!」と怒られました。どこかで聞いたことのある声に、ふと顔を見るとそれはボスと呼ばれるほど勢いのある友人でした。
「約束!?これはまずい!!」と気が付いたときに目が覚め、ガバッと起き上がったのですが、そこに友人はいませんでした。でも、まずい!!と焦って心臓がずっとバクバクしていました。事故にあったときのバクバクとは違う種類のバクバクです。
それ以来、私はその友人を命の恩人としています。そのとき友人が現れてくれなければ、川を渡っていたかもしれませんし、あるいは、あーれーーーと川に流されていたかもしれません。
いずれにしても、生きているわけです。
いや、もしかしたら、六文銭を持っていなかったから戻されたのかもしれません。
そして、あの美しい場所、美しい人、美しい空気…それは、まさに「この世のものとは思えない」もので、今でも感覚がよみがえることがあります。今の人生を終えるとき、もしも、あの場所・人・空気に触れられるのであれば、死は怖くないと思える…むしろ、もう一度身をおきたいと思えるほどでした。
三途の川をみた人は、ほとんどの人が私と同じようなことを言います。必ず、鮮やかな色とりどりのお花が出てきます。
そして、「すべてがこの世のものとは思えない」と言います。この世でなければ、やはり「あの世」なのかもしれません。
